2017年03月01日

閑話『芸術性について』

R0000256.JPG

お気づきの方もいると思いますが、当ブログの写真は全て自分で撮ってます。
新しいカメラを手に入れたので、特に新しい記事は写真のクオリティが上がっているかと思われますが如何でしょうか。

僕はこれまでに絵画、執筆、演奏、作曲、作詞、料理、日曜大工、プラモデル、レザークラフト等、色々とモノ作りをしてきましたが、最近はカメラに凝っています。
カメラの何が良いって手軽。
子育てしていると自分の時間なんてあんまり取れませんから、創作に割けるリソースが少なくて済むのは何にも変え難いメリットです。しかも子供の成長も記録出来るし一石二鳥!
カメラって近代科学の粋ですし、もっと評価されて良いと思うのです。

そもそも芸術(文化)というのはホモサピエンス(現人類)だけの概念です。原始人はこれまでの人類の歴史よりもずっと長い期間生きていましたが、壁画の一つも残しませんでした。

つまり、何かを見たり聞いたりして美しいと感じるのは人間だけという事でしょう。

将棋でも美しい棋譜ってありますよね。
何時間もの激闘の末の最終盤の鬼手なんか感情を揺さぶられます。

でもそう考えるのは人間だけで、動物やコンピューターはその過程やバックボーン、情景などは考慮すらもしません。

将棋は実に論理的かつ実利的判断を迫られる競技で、今や強くなればなるほど人間性を捨てコンピューターに近づいていくという側面がありますが、子供たちには人間だけが持つ感性というものの素晴らしさも忘れずに教えてあげたいと思っています。

と、いうわけもあってカメラ撮ってます。
それ以外にも実利の多い日曜大工や料理は機会があれば積極的にするようにしています。
親が創作をしてないのに子供がするわけないですからね。

将棋界でも、羽生、山崎、糸谷あたりの棋士は『人間らしさ』を全開にして戦っていますし、そういった人達の強さは他人には真似出来ない強力な武器となっています。

人間らしさ。

簡単ではないですが子供たちにも自分なりの『感性』を見つけて欲しいです。

posted by 鉄空 at 00:00| Comment(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: